わたしの社交の場は中学で止まっている。
高校は居心地が良すぎて自分を取り繕うことがなかった。それに甘えていたら、大学で友達ができなかった。
でも取り繕わない方が生きやすいから後悔とかはない。
中学のときの同級生の名前をググる遊びをたまにする。
案外、大学のサークルのブログとかにフルネームが載っている。
本人が書いてる場合もあるし、そこからペンネームを辿っていく場合もある。
友達が書いているブログを読むのは新鮮である。
帰り道に聞いた習い事の話が、昔やっていたこととして書かれていた。
彼にとっては昔、なんだ。
私にとって中学時代の交友関係は身近な引き出しに入っている。
頭の中の、友達という箪笥のなか。
大学は空っぽで、高校はマブダチが入っている。
中学には、広く平等に付き合いのある『友達』というものがたくさん詰まっている。
実際今付き合いのある『友達』は0人だが、それでも友達は友達である。
友達のバリエーションが少なすぎて、まだ手前にいる。
けど、彼にとっては昔のことで、私の存在はきっと頭のずっと奥の方にいるんだろうなと思った。
連絡を取り合えば手前に置き直してくれるのだろうが、生憎マジで中学の友達と連絡先を交換していない。
なので、ずっと一方的な思考である。
ネットストーカーというには浅いけど、勝手に彼らの現行を知るのが楽しくて、たまにやってしまう。
自分の名前をググるときもある。
私は全く実名でインターネットをすることはないので、同姓同名の別人の情報が出てくる。
漢字まで同じだと、別ルートの自分を見てるみたいで楽しい。
別ルートの自分、大会とか出ててすごいね。
ふふん。
関係ないはずだけど嬉しくなる。
貴方も是非いろいろな名前を検索してみては?
おわり